熱い。
 と、御剣は思う。
 熱い。熱い。熱い。
 両眼からひっきりなしに涙を流しながら、髪から汗を滴らせながら、御剣は視界を確保しようと何度も腕で目を擦る。

 厳冬の平原を抜け、切り立った絶壁を登り、更なる背後に聳え立つ山脈の、今は閉鎖された鉱道をくぐり抜けた先には、マグマ煮え滾る地下洞窟。
 熱い。
 常温とは比べ物にならないほど熱を孕んだ空気は、啜り込むように呼吸していても、鼻と喉を焦がすかのように熱く、額から体中から滝のように流れ出る汗と、熱気から両眼を保護しようと勝手に浮かぶ涙が、確実に体内の水分を奪っていく。
 熱い。
 サウナよりも酷い。
 いや、サウナならば湿度がある。
 ここにあるのは、ただ、焼かれるような熱さ。
 そのせいで、軽い酸欠と脱水を起こしている。
 洞窟中の大気が乾燥しすぎていて、ピリピリと肌を刺す。
 吸い込んだ空気が熱くて、喉の痛みが消えない。

 熱い。
 頭がおかしくなりそうだ。
 髪が完全に濡れそぼつほどの汗も洞窟の熱気に奪われ、今ではパサパサと乾いた音がしている。
 頭を振れば、塩分が飛び散るのではなかろうか。
 もう涙も出てこない。
 焼ける。焼けてしまう。

「こら、みったん」

 声。
 ………ああ、この声は。



 気力を振り絞って、重い瞼をこじ開けた。
 マグマに赤く照らし出された岩肌。
 御剣の視界の中心で、火よりも赤い髪が揺れる。

「ジーン………」
 ひりつく喉から何とか絞り出した声は、しかし、細い吐息のようだった。
「何をサボってるんだ、相棒」
 青いベルドレスのネコ耳娘は、こちらを一顧だにしない。
 その小柄な体には持て余すのではないかと思われるライフル銃を抱え、機械的に引き金を引く。
 行く手を阻むモンスターの悉くを打ち倒し、更なる奥を目指す、彼女に相棒と呼ばれるべきなのは、あの銃だ。
 長めの銃身と、下に突き出た弾倉。
 狙撃の精度を上げるために口径の小さい弾丸を使っており、その分反動は小さい。
 揺らがない背は見慣れたものだ。彼女は必ず御剣の前を歩く。

 アーチェリーや射撃に秀でた者は、自らの鼓動をも自在に操るという。
 呼吸を止め、心拍をコントロールし、己の武具と一体化し、極限まで命中精度を高めるのだと。
 きっと彼女にもそれは当てはまるのだろう。
 燃えるような赤毛を腰まで垂らした後ろ姿は、凛として姿勢良く、まっすぐに前を見ている。

 ともすれば閉じかける意識の中で、ルビーの瞳がちらりとこちらを見たような気がした。

「呆けるな」
 声が近づいてきて、銃を下ろしたジーンが自分の荷物を探った。
「……わっ……」
 何をされたのか、一瞬理解できなかった。
 ジーンが、自分のミネラルウォーターを一瓶丸ごと、座り込んだ御剣の頭からぶちまけたのだ。
 トクトクトク…とすべてが注がれて、すっかり御剣の髪が濡れてしまうと、ジーンは行儀悪く空のボトルをその辺に放り出し、にやりと口許を歪めた。
「水も滴る…か」
 ついでのように携帯食料の封を切り、一枚引きずり出したクラッカーを齧ってから、残りを無造作に放り投げる。
 御剣は慌てて手を伸ばしてそれを受け止めた。
「行くぞ、みったん」
「だからジーン―――」
 反射的に、その間抜けな呼び方を改めるようにといつもの癖で言いかけて、御剣は腰を浮かせた。
「立てるじゃないか。行くぞ」
 口の端を持ち上げて意地悪く笑うジーンは、とても楽しそうに見えた。





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エルナスの閉鉱の奥、試練の洞窟。
ペンギンみったんは熱さに弱くて、今にも倒れそうにぐらぐらしながら、必死にジーンの後ろ姿だけ見て、ついて行けばいいと思う。
そーゆーのって萌える。
藤宮(ジーン)は揺らがない。
自分が正しいと知っているから、ただ前だけを見て殺し続ける。
そーゆーのって萌える。

(2007.01.16.)